黄昏の刻 第7話


「なんだ、もういいのか?」

葬儀に参列する者たちから離れ、まるで他人事のように眺めている元共犯者に声をかけた。本人は否定するだろうが、彼らを見つめる顔は驚くほど優しいものだった。
その姿は、葬儀の場には全くそぐわない純白の皇帝服。
死に装束と考えれば、死者であり、恐らく幽霊と呼ばれる状態である男が白い衣装を身につけている事は何もおかしくはないかと考え直し、同じく傍観者として葬儀を眺めていたC.C.は、面白いなと口元に笑みを浮かべた。
イレギュラーが苦手な男は、今まさにイレギュラーに直面していた。
数百年生きた魔女ですら認めるほどのイレギュラーに。
最初はこの男の怒鳴り声が聞こえ、なんだ、死に損ねたのか?焼かれる前に蘇生したのか?と、急ぎその場へ向かえば、何故か皇帝服を身に纏った男が周りに無視された状態で叫んでいた。
その衣装に違和感を感じ、周りの反応に違和感を感じ、視線を変えればそこには焼かれ、骨となった骸があった。
間違いなく、それは嘗ての共犯者の成れの果て。
目の前の男の、肉の器だったもの。
本当に面白い状態だ。
コードをあるいはギアスを持つ者は死者と対話が出来るが、それはあくまでもCの世界にアクセスし、そこに蓄積された記録と交信するだけだのもの。成長も変化もない過去の記録との接触は、最初のうちはそれでも心を満たせるものだが、時が経てば経つほど虚しくなるから好きではない。
だが、目の前にいる男は、体は既に失われたというのにその意識は未だここにあり、自由自在に動き回るだけではなく、その感情を面白いほど変化させている。そして、周りの情報をしっかりと受け入れ、それに合わせて自らが持つ情報を成長させてもいる。肉体はもうないというのに、その脳はもう焼かれてしまったというのに、この男は新たな情報をちゃんと蓄積し、それに基づいた会話が可能なのだ。
ただそこにあるだけの過去のデータでは無い。
今も尚変化し、成長している何か。
こんな死者、長年生きてきたC.C.でも初めてだった。
火葬場から再び葬儀の場へと戻る面々を遠くから眺めていたルルーシュは「もう十分だ」と言った後、軽く体を伸ばした。肩の荷が降りたとでもいう様に、すがすがしい笑顔で笑っている。
生前、ここまで晴れやかな笑顔を浮かべた姿は、見た事がない。
葬儀場へと戻る車の姿が見えなくなるのを見計らって、再び声をかけた。

「それで、これからどうするんだ?」
「そうだな。どうやら俺は自分の葬儀が終わっても成仏は出来ないらしい。億の命を私利私欲のために奪った悪逆皇帝に平穏な死が来ないのは当然か」

そう言いながらも、その顔に後悔など微塵も無かった。

「なら、私と共に来るか?お前ならいい話相手になりそうだ」

永遠の時を生きる魔女の連れが、世界を恐怖に陥れた悪逆皇帝の怨霊ならしっくりくるだろう?

「それもいいな。お前はどうせ色々な国を巡るのだろう?俺もこの身が自由ならば、この目で世界を見てみたいと、常々思っていた」

開戦前はアリエスの離宮と皇宮、そして枢木神社の周辺がルルーシュの世界だった。 開戦後は、トウキョウ疎開のアッシュフォード学園とその近郊。ゼロとなってからは日本各地に行く事になったが、それらは作戦のための移動であって、観光どころか平穏な街並みを見る事さえできなかった。中華連邦にわたった際も、朱禁城周辺を調べ回ったり、衣装を揃えるため買い物をした程度。後はすべて作戦行動だ。
ジュリアスであった時を入れたとしても、ルルーシュが生きていた間に接した世界は、ゼロ、そして悪逆皇帝と言う立場であったにも関わらず非常に狭い。
生前は、そんな夢を語れる状況では無かった。
だが、戦争の終った今なら、既に死を迎えた今ならば、そんな夢を語っても許されるだろう。

「その資金は、当然お前が用意するんだろう?」
「仕方ないな。幸いと言うべきか、俺の隠し財産は始末する暇がなかったから、そのまま手付かずで残っている」

カードの類は、偽名で作った物をキョウトの貸金庫に預けている。
金庫のカギもキョウトに隠している。
どちらも戦火を逃れ、今もそこにあるからまずはそれらを回収する。

「ならば、まずはキョウトに行ってお前の隠し資産を手に入れよう」
「では、まずはノートパソコンを買う。それがあれば資金移動も情報収集も可能になる」
「成程な。私の金で買うのか?」
「お前の金は俺が用意したものだろう」

今後俺の資金で生きるのだし、そのぐらい投資しろ。

「それもそうか」

今後この男に養ってもらうなら、今ある資金などそう重要ではないな。
ルルーシュは膨大な資産をC.C.に残してくれていたが、永遠を生きる身としては、それっぽっちでは足りなすぎた。
ルルーシュと暮らすうちに色々と贅沢を覚えてしまい、金遣いも荒くなっている。以前なら着替えなど洗い替え分があれば十分だったが、今は何着も持っている。今までは美少女だった事も幸いし、化粧品など一切使わなかったが、今はある程度使用している。細かい事をあげればきりがないが、一度知った蜜の味はなかなか捨てられない。その筆頭がピザだ。
話し相手に観賞用に、なによりパトロンとしても優秀な男だから、このまま成仏しなければ、私の人生はバラ色だな。
C.C.は鼻歌交じりにタクシーを呼んだ。



「おい、外国を回るんじゃなかったのか」

私は呆れをこめて文句を言った。
ルルーシュの葬儀から1ヵ月たった。
それなのに、私たちはまだ日本からブリタニアに渡っただけで、そこから先には移動していないのだ。
理由は簡単だ。
こいつが呆れるほどのシスコンだから。

「だから待てと言っているだろう。俺の練習だってまだ不十分だし、なにより」
「御託は聞きあきたよ。大体、練習なんてどこでもできるし、私に言わせれば十分合格点じゃないか」
「どこがだ。この程度の速さでは、何かあった時に困るだろう」

そういいながら、ルルーシュは指を動かし続けていた。
その細く長い指が踊るのは、パソコンのキーボードの上。
以前よりもはるかに遅いが、少なくてもC.C.よりもはるかに速い速度で、指は動き続けている。C.C.はルルーシュが見えているからいいが、見えていなければキーボードが勝手に押され、画面に文章を打ち込んでいる事になる。スルスルカチカチと動くマウスと相まってポルターガイスト現象だと大騒ぎになる光景だろう。
使っているのは現在発売されている中でもっとも薄くて軽くその上最高性能と言う馬鹿高いノートパソコンだ。馬鹿高いだけあってキーボードも羽のように軽い。ルルーシュは寝る間を惜しんで・・・幽霊だからそもそも寝ないのだが、ひたすらにキーボードに触れる練習をしていた。高いだけありキーボードをたたく音もマウスを操作する音もほぼないのが救いか。

「何かあったらの何かは一体何だ?そんなに練習が重要なら・・・昼間出かけないで練習したらいいだろう」

ぎくりと、見て解るほどルルーシュは体の動きをこわばらせた。
幽霊なのに反応が人間そのものだ。

「・・・何を言う。情報収集するのにこれほど便利な体はない」

人に見えず、音も聞こえない、まさに隠密行動向きの体だ。

「何の情報だ?ナナリーの周りにたかっている男どもと、ゼロに敵意を向ける者たちの身辺調査をして何をしたいんだお前は」

毎日毎日、日が昇るとブリタニア総統府にいるあの二人の所へ行っている事、気づいていないと思っているのか。
そのために、わざわざ総統府のすぐ傍のホテルに潜伏しているのだろう。
図星をさされ。若干顔をひきつらせたルルーシュは、すぐに視線をそらした。

「俺があれだけ破壊したブリタニアを復興させることは難しい。だから俺は」
「悪逆皇帝だった頃に散々マニュアルを残し、有能な人間にはギアスで『ナナリーとゼロのサポートを全力でしろ!』と、命じていたな。その上シュナイゼルまでいるし、お前の予想通りコーネリアも転がってきた。そこまでそろえておいて、まだ手を出すのか?お前、自分が死んだ事、忘れてないだろうな」
「煩い、黙れ魔女。俺には俺の考えがある!」

どんな考えだと思ったが、これ以上は無駄だと判断した。
自分の人生はすべて妹のためと言い切りそうなこいつに、妹の心配をするなと言うのは無理な話だ。

「そうか、ならいい。そう怒鳴るな」

まあ、どうせ時間はたっぷりとあるのだ。
ここを立つのは、正直言えば何時でも構わない。
金はこの男が用意するから、いくらでも居座れるしだらだらし放題だ。
残念なのは、炊事洗濯掃除をやってもらえないぐらいだ。
・・・愛する妹と親友は、時の流れに従いいずれ消え去る。
その前に、幽霊と言う見えない存在だから、忘れ去られる悲しみを知る事が先か。出来る事なら、もうルルーシュが知り、ルルーシュを知る者たちと接触をさせたくはないが、後悔を残させるわけにもいかない。
今後のためにも。
さて、困ったものだと、C.C.はベッドの上でゴロゴロしながら手を伸ばし、夕食のピザを頼むためルームサービスに電話をかけた。



ブリタニア総統府。
朝日が眩しい、幽霊には似つかわしくない時間帯に、ルルーシュは門前まで歩いて来ていた。
ホテルから徒歩5分。
その5分の距離を歩き終わり、門の前まで進んだ時、まるでルルーシュを待っていたかのように門が自動的に開き、警備の人間が出てきた。
彼らの横を素通りし、ルルーシュは中へと侵入を果たす。
門の近くに止められている車に足を向け、運転席側でしばし待つ。
やがて総督府に努めている警備の一人がその車の運転席を開け乗り込むので、ルルーシュもそれに合わせて運転席に滑り込み、そのまま助手席へ移動する。
車は発進し、ナナリー達が政務をおこなっている建物へと向かった。
・・・まさかこんな方法で、悪逆皇帝の幽霊が日参しているとは誰も思うまい。
本日の業務終了の連絡のため建物内へ入る男に重なる様に歩き、重厚なドアをくぐり抜ける。こうしてルルーシュの幽霊は、壁抜けなど出来なくとも、簡単にブリタニア総督府内へと侵入を果たすた。建物内に入ると、最愛のナナリーの政務室へと軽やかな足取りで向かった。

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